夏といえば……いたずら好きな祖母にお化けの話でよく泣かされました。ふざけて面白がっているのだろうけど、私には「それらしきもの」は架空のものではないので、面白いどころかこっちが顔面蒼白で、またそれをからかわれる……子どもにとってはヘビーですよね。子どもが怖がっていたら、止めてあげて欲しいです。トラウマになりかねないので! 

それと戦争のお話が思い出されます。

8月15日、今年も終戦記念日を迎えました。

両親が戦争体験者です。幼い頃戦時中の話は聞かされていましたが、特にこの時期は多かったと記憶しています。

父は、学徒出陣で神宮外苑を行進した一人です。母は、女学校生でした。両親とも本当の悲惨な状態は話すのを拒みがちでしたが、たまに父は酔って懐かしそうに「海ゆかば」を口ずさんでは目を潤ませていたのを覚えています。母は、料理の手伝いや夕方の買い物の時に、青春時代の話を懐かしそうに話していました。戦争の話を聞く機会が多かったのは、雷の時です。家族の中で雷が怖がるのは母と私。特に夜の雷は稲光りが光ると、二人で布団(タオルケットでは光が透けるので、布団や枕を顔に当てて)を被って時が過ぎるのを待ったものです。その時に、決まって戦争中の空襲の話になりました。

終戦間際の空襲は、凄まじくBー29爆撃機を操縦しているパイロットの顔がわかるくらいの低空飛行だったと言います。

夜は照明弾で昼間のように明るく照らされた後、焼夷弾が落とされたそうです。ゴム状の粘度の強いもので、当たるとべったりと張り付きあっという間に火に囲まれるそうです。人間に当たると、取り除こうとしても短時間で深いところまで黒く焼けてしまい、助けるのが難しかったとの事です。

私は雷を、母は雷に体験した戦争の恐怖を重ねて汗にまみれた布団の中で雷の音が遠ざかるのを待っていました。

8月15日には毎年すいとんを作ってくれました。

「戦争中は食べるものがなくて、具はほとんどないの。サツマイモが入っていたらご馳走で、サツマイモのつるを伸びては具にしてた。味はお湯にうっすら味がつく程度ですいとんと言ってもとろみがついてるくらい。塊のものなんて見つけたら、もったいなくてどんなに小さくても無くなるまで口の中で無くならないように転がしてたものよ」毎年繰り返し聞かされていました。

いつからか、我が家ではすいとんの日になりました。

今日作るすいとんには、夏野菜がたくさん。すいとんの練り物も歯ごたえがあり、お味噌も野菜の出汁で美味しくできました。当時のものとは別物かもしれません。形だけですが今日すいとんを作ることで、両親が体験した戦争を忘れない人が一人くらいいてもいいかなと思います。

戦争で地球から旅立った多くの魂、戦没者として標にあがらずに戦火に倒れ供養する親族もこと切れた人々、未だ地球のどこかに留まったままでいるたくさんの想い

皆さまの命のおかげさまで、今日を迎えられています。ありがとうございます。お苦しみを終え、どうぞ自由に解き放たれて行かれますように。その旅立ちが平安でありますようにと祈ります。

昨今の日本は、どの方面も大切な岐路にいるように感じます。何を選択していくのか。選択の背景に先の戦争を忘れずにいたいと思います。

気負うことなくできることを淡々と……今、ここにいることに感謝しながら。

 

部屋を渡る風は、涼を運んでくれています。少し秋に傾いたように感じます。

 

 

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